TBSの番組「あさチャン!」で紹介された、ある一人のお母さんが書いた詩。
この詩を読んだ、幼い我が子を育てるお母さんたちからの共感の声が、今、日本中に広がっています。
まずは、全文をご覧ください。
「何もできないという価値」
今日もお皿も洗えずに子どもたちと寝る。
夜中に起きて、山になったシンクから
なるたけ音を立てないようにと洗っている最中、
1歳の次女がグズグズと起き出す。ヨシヨシと声をかけておっぱいを飲ませると、
すやすやと寝る。仕事をしようとパソコンに向かうと、
またグズグズッと泣き出す。オッパイをコクコクと飲み、スヤスヤと寝始める。
よしよしとまたパソコンに向かうと、
10分もしないうちにまたグズグズッと動き出す。「はーい」と返事をしてきりがいいところまではと
パソコンに向かうと、ピーピーと泣き出した。「ハイハイ、ゴメンネー」と、
パソコンに向かうのは観念して横になる。頭の中は仕事のことでいっぱいだが、
一度仕方ないと観念すると、
娘の手の動きや様子が見えてくる。コクコクとおっぱいを飲みながら、
小さな手を伸ばして私の顔を触る、鼻をつまむ。決してマッサージのように心地よい触り方ではないけれど、
観念した私には、お母さんの心が広がっていく。あー、と愛おしくなる。
また今日もなにもできんかった。
皿も洗えない。
洗濯もたためない。
パソコンにも向かえない。できることは、ただただお母さんを感じることだけだ。
言い訳だろうか。いや、そうではない。
お皿を洗うことよりも、
洗濯をたたむことよりも、
パソコンに向かうことよりも、
大事にしたい「今」。ほら、ほら。また「ママ」って呼んでいる。
出典:お母さん大学ニュース
「ママ」「ママ」「ママ」…。やっと言葉が話せるようになったと思ったら、朝から晩まで「ママ」ばっかり。
家事も山積み、仕事も山積み。あっ、そういえば、子どもには離乳食を食べさせたけれど、自分の食事はまだだった…。
自分の時間どころか、やらなければいけないことさえ、満足にできない毎日。どこの家でも変わらない、日本のお母さんたちの現実です。
それでも。今まで、こんなに誰かに必要とされたことはなかったはず。
子どもにとっての「ママ」は自分だけ。「ママ」を探し求めて伸ばされる小さな手を感じられるのは、お母さんだけの特権。
幼い子どもを持つ「今」だけの大切な時間です。
思わず涙がこぼれてしまうこの詩を書いたのは、久留米市に住む池田彩さん。
池田さんはこの詩の通り、お母さんとして奮闘するかたわら、育児などの素晴らしさを伝える「お母さん業界新聞」の「お母さん記者」としても活躍中です。
そして、この10万部規模の「お母さん業界新聞」は、全国の「お母さんはスゴイ!」という考えを持つ方々に意見発信の機会を提供しているコミュニティ「お母さん大学」から発行されています。
いつかは親の手を離れ、巣立っていく子どもたち。
育児に追われる毎日は、寝不足や思い通りにいかないストレスで、本当に辛いことばかりだけれど、「ただただお母さんを感じること」ができるのは、長い人生で「今」だけ。ほんの一瞬です。
そのタイトルの通り、「何もできないという価値」を多くの母親の胸に刻み込んだ、素敵な詩でした。