ブロードウェイ「王様と私」の公演中に起こった出来事です。
[ada]
公演の3分の2が終わり、静かなシーンに差しかかった時のことでした。
鞭打ちのシーンが衝撃的だったようで、母親と一緒に舞台を見に来ていた自閉症の男の子が、甲高い声で叫び出してしまいました。
その声を聞き、パニックになっている男の子の様子を目にした周りの観客たちは怒り心頭。
「よくあんな子どもを舞台に連れてこれたわね!」
「早くその子を連れて出て行ってくれ!」
と口々に罵声を浴びせたのです。
とりわけ静かなシーンだったので、男の子の叫び声も、他の観客たちの心無い言葉も、当然舞台上のキャストの耳に届いていました。
出演していたブロードウェイ俳優ケルビン・ムーン・ローさんは、このとき、抑えきれないほどの怒りと悲しみが込み上げてきたと言います。
確かにあの子の声は、舞台の世界観を邪魔したとは言えるだろう。でも結局のところ舞台って、その場にいる人たち全員で作り出していくものなんだよ。
あの瞬間は、結構強烈な鞭打ちのシーンだった。恐かったんじゃないかな。先週も同じシーンで、前方の席に座っていた女の子が叫び声をあげて大きな声で泣いていたけど、そのときは誰も何も言わなかった。その女の子は、見る限り自閉症ではなさそうだったな…。
何故こんなことが起きたんだろう。あのとき僕はすぐにでも舞台を止めて叫びたかった。
「みんな落ち着いて!あのお母さんは子どもを落ち着かせるためにちゃんと頑張ってるじゃないか。それが分からないの!?」ってね。
あのお母さんが息子さんを舞台に連れてきたことを、僕はとても誇りに思うよ。
きっと息子さんに色んな経験をさせてあげたくて、覚悟を決めて劇場に足を運んだんじゃないかな。お母さんが選んでいたのは通路側の席。もしもの事態に備えての配慮までして、最高の母親だね。
僕たちの舞台は、障がい関係なくみんなに楽しんでもらって、幸せな気持ちで帰ってもらうためにあるんだ。
ケルビンさんがFacebookに綴った想いは多くの人の胸を打ち、10万件以上のいいね!、2.9万件以上のシェアがありました。
俳優としての立場から、そして同じ人間としての立場から生まれたケルビンさんの言葉がとても温かいです。
そして、叫びたいほどの衝撃を感じた自閉症の男の子の感性から、学ぶことがたくさんあります。芝居だからと鞭打ちのシーンを冷静に見られる私たちよりも、よっぽど集中して舞台に入り込んでいるのは、その子の方なのですから。