2012年、当時小学6年生だった愛知県豊橋市の谷山千華さんは、動物の殺処分についての悲しい現実と向き合いました。張り裂けそうな想いで綴られた彼女の作文は、受賞に留まらず、道徳の授業で扱われるなど多くの人の目に触れる作品となっています。
[ada]
78円の命
近所に捨てネコがいる。そのネコは目がくりっとしていて、しっぽがくるっと曲がっている。かわいい声をあげていつも私についてくる。
真っ黒なネコだったので、魔女の宅急便から『キキ』と勝手に名付けてかわいがった。人なつっこい性格からいつの間にか近所の人気者になっていった。
子ネコだったキキも2年たった頃にうれしい出来事があった。赤ちゃんを産んだのだ。
でもキキは捨てネコだったので、行き場所のない子ネコたちを近所の鈴木さんが預かってくれた。毎日のように子ネコを見に行って、まるで自分の飼いネコのようにかわいがった。
ある日、突然子ネコの姿が見えなくなった。
そこで鈴木さんに尋ねてみると、「○○センターに連れて行ったよ」と、うつむきながら言った。私はうまく聞き取れず、何を言っているか分からなかったが、たぶん新しい飼い主が見つかる所に連れて行って幸せに暮らせるんだなと思った。
次の日、学校でこのことを友達に話したら「保健所だろ?それ殺されちゃうよ」といった。私はむきになって言い返した。「そんなはずない。絶対幸せになってるよ」
殺されちゃうという言葉がみょうに心にひっかかり、授業中も保健所の事で頭がいっぱいだった。
走って家に帰ると、急いでパソコンの前に座った。
『保健所』で検索するとそこには想像もできないざんこくなことがたくさんのっていた。
飼い主から見捨てられた動物は日付ごとにおりに入れられ、そこで3日の間、飼い主をひたすら待ち続けるのだ。そして飼い主が見つからなかった時には、死が待っている。
10匹単位で小さな穴に押し込められ、二酸化炭素が送り込まれる。数分もがき、苦しみ、死んだ後はごみのようにすぐに焼かれてしまうのだ。
動物の処分1匹につき78円。
動物の命の価値がたったの78円でしかないように思えて胸が張りさけそうになった。そして、とても怖くなった。残念ながら、友達の話は本当だった。調べなければ良かったと後悔した。
現実には年間20万匹以上の動物がこんなにも悲しい運命にある事を知り、さらに大きなショックを受けた。
動物とはいえ、人間がかけがえのない命を勝手にうばってしまってもいいのだろうか。もちろん人間にも、どうしても動物を育てられない理由があるのは分かっている。一体どうすればいいのか分からなくなった。
キキがずっと鳴いている。大きな声で鳴いている。いなくなった赤ちゃんを探しているのだろうか。鳴き叫ぶその声を聞くたびに、パソコンで見た映像が頭に浮かび、いてもたってもいられなくなり眠れない夜が続いた。
キキのかわいい声もいつの間にかガラガラ声に変わり、切なくなった。言葉が分かるなら話をしたい。私はキキをぎゅっと抱きしめた。
最近キキの姿を見かけなくなった。もしかしてキキも保健所に連れて行かれたのかと一瞬ひやっとした。
それから1週間後、おなかに包帯を巻いたキキを見かけた。鈴木さんがこれから赤ちゃんを産めない体に手術をしてくれたのだ。私は心から感謝した。
この先キキも赤ちゃんも捨てられずにすむという安心した気持ちと、鈴木さん家のネコになってしまったんだというさみしい気持ちとで複雑だった。
正直、とてもうらやましかった。
命を守るのは私が考えるほど簡単なことではない。かわいいと思うだけでは動物は育てられない。生き物を飼うということは1つの命にきちんと責任を持つことだ。おもちゃのように捨ててはいけない。だから、ちゃんと最期まで育ててやれるという自信がなければ飼ってはいけない事を学んだ。
今も近所には何匹かの捨てネコがいる。私はこのネコたちをかわいがってもいいのかどうか、ずっと悩んでいる。
「78円の命」。悲しく響くタイトルに始まる、自らの実体験を素直な言葉で綴った作文に、多くの人が胸を打たれました。
そして、フォトグラファーのKay Nさん、アートディレクターの新村夏絵さん、フリーライターの戸塚真琴さんが発起人となり、『78円の命プロジェクト』が立ち上げられたのです。
イラストレーターの佐伯ゆう子さんや、キュレーターの井上梓さんらも加わり、現在はポスター・リーフレット・絵本などを制作中。
ボランティアで実務をこなしているというメンバーですが、用紙代や印刷代などの費用を考慮し、クラウドファンディングで事業資金を募っています。
支援の金額によって、様々な特典がありますので、チェックしてみてください。
当初の目標金額の設定は100万円。開始5日で目標を達成し、現在はさらに素晴らしいモノが生まれるようにと、次なる目標を設定しました。
ポスターとリーフレットは、愛知県豊橋市を中心に希望団体へ配布。また、小学校や中学校などの教育の場を始めとして、地域猫団体や保健所などに設置する予定だそうです。
なお、絵本「78円の命」が完成した際には、78円での販売を検討しているのだとか。
無くならない動物の殺処分。今回のプロジェクトにより、谷山さんとキキの辛い経験を通した想いが、数多くの人々に伝わることを願います。