『ADHD(注意欠如多動性障害)』という言葉が、少しずつ知られ始めてきた中…
おがっち ☘傾き135度の研究者になりたい(@ogatti21)さんは、ご自身のこんな体験談を投稿しました。
昔、和食屋でバイトをしていた。不注意傾向の強い僕は、ミスがあまりに多く、店長は僕にクビを通告する予定だったらしい。
そんな僕を拾ってくれたのが当時の料理長。
料理長は僕のために、あらゆる配慮を普通にしてくれた。
揚げ物にはキッチンタイマー、揚げる材料にはチェックリスト・・続く
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
付け合わせは、順番に入れさえすれば、ミスがない様にしてくれた。
ここまで配慮してもらえれば、さすがに働くことができた。そして、料理長が僕にくれたニックネームが「副料理長」。
そして、料理長は店長にこう言った。
「こいつは真面目やから、工夫さえすれば使えるんや。」・・続く
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
今から思えば「副料理長」というニックネームや「真面目」を強調するプロセスは、強みを活かすという障害支援の基礎に他ならなかった。そして「工夫さえすれば」は合理的配慮そのもの。
ただ、料理長は厳しかった。サボったら、全力で叱られた。それは、強みを殺すなというメッセージだった。・・続く
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
障害を知らずとも…
料理長は他の何者でもない「一人の上司」として、真摯に向き合ってくれたのですね。
その後
そしてこの出会いは、おがっちさんの人生に大きな転機をもたらしました。
以降、全力で働いた。時間のある時は従業員と話したり休憩したりするのではなく、ひたすら店の掃除をした。
そんな姿を料理長は見ていた。態度では分からなかったが、僕がいるときは、賄いが美味しいという噂もあった。
ある日、そんな料理長を尊敬し「料理の世界に入りたい」と言った。・・続く。
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
一緒に働けると信じていた。しかし、料理長には断られた。
「お前は、障害のある子供達とオモロいことしたいって言ってたやろ。だから、お前は研究者になれ。俺アホやから、よー分からんけど、お前のそういうところ、俺は尊敬してるんやから、裏切るな。」
そして、僕は大学の准教授になった。・続く
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
現在は障害支援や合理的配慮の研究に携わっている。
今から思えば、料理長の指導が今でも基本にある。
勿論、料理長は障害支援を何も知らない。ただ僕のことをひたすら見てくれた。僕を活かそうとしてくれた。
そう、これが障害支援の基本なのだ。
あれから15年。ゼミ生と料理長の店に行った。続く
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
「よぉ。久しぶり。」
店に入ると、ゼミ生無視で(ごめん)、15年前に戻った。
帰り際、ゼミ生はこう言った。
「料理長、先生と全く一緒ですね。」
料理長に近づけたかは分からないけど、なんか嬉しかった。
今度は自分が育てる番。ゼミ生は来週巣立つ。
卒業式はできないけど、卒業おめでとう。
— おがっち☘傾き135度の研究者になりたい (@ogatti21) 2020年3月14日
『僕を活かそうとしてくれた。これが障害支援の基本なのだ』
おっしゃるとおり、どうすれば誰もがともに活躍できる社会を作れるか…
料理長さんやおがっちさんのように、我々も引き続き、徹底的に考えていかなければなりませんね。
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みんなの反応
●その人にあった教育方法って大事ですよね。障害支援だけじゃなく、普段の教育場面でも活用できると思います。ただ、教育する人がちゃんとその人の性格を見抜く必要があると思います。受ける側そうじゃないと潰れます
●人生のなかで、こんな風に育ててくれた恩人に会えることは、本当に幸せだと思う。また恩人の期待に応えて夢を実現したことは、さらに素晴らしい
●専門的な知識がいるとこ、すごく凝ったことをしなきゃとか、そうではなくて、個々を見て、最小限の必要なことをしていけばいいんですよね。改めて考えさせられました
心温まるエピソードに、他のユーザーたちからも大きな反響が寄せられていました。