「それは土曜日の午前10時過ぎのことだった」
そんな書き出しから、福廣(@anchorworks1971)さんは以下のようなエピソードを投稿しました。
それは土曜日の午前10時過ぎのことだった。
ぼくは白衣に輪袈裟を着けて拝んでいた。
アパートのチャイムが鳴った。
荷物でも届いたかと思い、ぼくはドアを開けた。
こぎれいな姿の、高齢男性が立っていた。
彼は自分からチャイムを鳴らしたのに、一瞬何かしくじったような複雑な表情をした。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
「あの、聖書の、聖書の話をしませんか」
ぼくは彼の表情を察した。彼は初対面で失敗したと気づいたのだ。
「少々お待ちください」
ぼくはドアを全開にして、いったん室内に下がった。
「聖書のお話ですね」
彼はぼくが手にした物を見て、右の唇をひきつらせた。
「舊新約聖書 文語訳」
聖書である。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
「どのお話がお好みですか。ぼくは旧約が好きです。とくに生贄を要求するような話ですが」
彼は悲しげな表情をした。
白衣に輪袈裟、坊主頭の中年男性が文語訳聖書を手に取っているのである。宗教的渋滞が起こっていた。
「わ、私たちの聖書は」
「ええ、聖書です。私たちの」
「いえ、私たちの……」— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
「ここにあるのは聖書ですよ。私たちの」
意地悪な返事であることはわかっていた。しかし、ぼくは最大限の理解を示している。
「文語訳はお好みではありませんか。新改訳もありますが、そちらにしましょうか。一緒に読みましょう」
宗教的渋滞は続く。
「そ、その……」
彼は意を決した様子だった。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
しかし、決め台詞を言えないようだった。
「何でしょう。ああ、この姿ですか。ちょうど朝のお勤めをしていたところでしたので。聖書がおかしいですか? 聖書のお話をしたいということでしたので持ってきたのですが。御不満ならお経を上げましょうか」
「いや、あの、そういうことではなく……」— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
見たところ、60代後半を超えている。その年齢で「度胸試し行ってこい」と言われて突撃しているのではあるまい。それなりの経験を蓄積して教化しようと住宅地を回っているはずだ。
決め台詞は何だ?
ぼくは彼が発言しやすいように口角を上げて黙った。
「そうですね……」
彼はやっと何か言おうとした。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
「私たち、それぞれ信じていることを頑張りましょう。それではお邪魔しました」
彼はひといきで言い切ると、ループタイの紐を翻して帰ってしまった。
彼は聖書の話をすることはなかった。
ぼくが聖書を携えたのがいけなかったのか、主導権を握らせてくれないことに絶望したのか、彼は帰ってしまった。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
彼は知らないに違いない。
文化的に異なる人々を理解するために、異なる文化を積極的に学ぶ人々がいることを。
彼がどんな聖書に話をするのか聞きたかったが、かえってぼくは彼が聖書の話をする機会を奪ったのかもしれない。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
そして、彼は知らないのかもしれない。
自分たちと同じように、信仰を続ける者は、自分たちと同じように、ふつうの家やアパート、マンションに暮らしていることを。
何なら僧侶だって神職だってふつうの暮らししてるぞ。— 福廣 (@anchorworks1971) May 9, 2023
なるほど……。
異宗教・異宗派間の関係
日本でも様々な宗教信者が混住しているという事実をすっかり忘れていたのでしょうか。
高齢男性の困惑のさまがありありと伝わってきます。
私の友人に敬けんなキリスト者(聖書の研究者)が居まして、彼も突然訪れた2人組のおばさんが「聖書の話をしに来ました」と言うので話を聞き「待ってね」と聖書を持ちだし「貴女が今言った事は聖書の何処に書いて有りますか?」と詰め寄ったそうです、「泣きそうな顔して帰ってったよ」と言ってた。
— ををつか (@wowotsuka) May 10, 2023
”共通の聖典”があっても、受容の精神で語り合うというわけにはいかなかったようですね。
関連:死のうと思い、ふと目についた寺へ入り住職に話しかけたら…あっ
みんなの反応
●これ見て、高校の時の生物の先生が大学生の頃、一人暮らしのアパートにやってきた宗教勧誘の人を家に上げ、「人は神が作った」と言うその人に対して、人間の進化の過程について専門書を広げて4時間くらい熱弁したって話思い出したww
●こういうの「夫が牧師なんですよ~」でもだいたい帰るからな…
●このじいちゃんが何かに気付いたことを祈る
興味深いお話に、他のユーザーたちからも大きな反響が寄せられていました。